本心では賛同できないのに、励ましてしまったことはありませんか?
友人が明らかに無謀な買い物をしようとしているとき、不安を感じながらも「いいんじゃない!」と背中を押してしまったことはありませんか? あるいは、職場の同僚が理不尽な愚痴をこぼしているとき、内心では「それはあなたが悪いのでは…」と思いながらも、話を合わせて熱心に相づちを打ってしまった経験はないでしょうか。 私たちは「人を支えること(サポート)」を、無条件に美しく、思いやりに満ちた行為だと信じがちです。しかし、私たちの日常を振り返ると、必ずしも100%の善意や共感だけで誰かを励ましているわけではありません。 「欺瞞的・不本意なサポート(D/RS)」という視点 対人関係コミュニケーションの研究において、こうした心の葛藤を捉える新たな理論的概念が提唱されています。それが 「欺瞞的・不本意なサポート(Deceptive/Reluctant Support: D/RS)」 です。 研究者たちは、D/RSを次のように定義しています: 「提供者の真の感情、信念、あるいは望みと一致せず、不本意に(ためらいながら、あるいは自分の意に反して)伝えられる言語的・非言語的なサポート行動」 サポートには、心からの共感だけでなく、「本当は応援したくないけれど、空気を壊したくないから応援する」「賛同できないけれど、否定すると面倒だから同意する」という、消極的あるいは偽りの側面が存在するのです。 なぜ私たちは「不本意なサポート」をしてしまうのか? この研究は理論的な枠組みの提示を中心としたものですが、私たちの日常的な人間関係のプレッシャーを明確に言語化してくれます。 私たちが本心と裏腹なサポートをしてしまう主な動機には、次のようなものがあります: 関係の波風を立てたくない(対立の回避) 相手の意見に異を唱えることで生じる気まずさや衝突を恐れ、反射的に「同意」という形のサポートを選んでしまう。 「良い友人・良い同僚」でありたいという役割意識 相談された以上、励まさなければならないという社会的プレッシャーから、本心を押し殺してサポートを提供する。 相手の脆さへの配慮 「今本当のことを言ったら相手が傷ついてしまう」と感じ、自分の本音を隠して一時的な慰めを与える。 不本意なサポートがもたらす「静かなコスト」 一見すると、その場の調和を守るための「大人の対応」に見えるかもしれません。しかし、不本意なサポートを繰り返すことには、見過ごせないコストが伴います。 深刻な感情的消耗(ソーシャルバッテリーの枯渇) 自分の信念や感情と反対の行動をとることは、脳に強い認知的・感情的負荷をかけます。「なぜか特定の人と会うと異常に疲れる」と感じる場合、知らず知らずのうちにD/RSを連発している可能性があります。 関係の形骸化と隠れた不満の蓄積 本心でない応援や同意を重ねると、相手は「理解してもらえた」と誤解します。その結果、同じような相談が繰り返され、提供者側には「わかってくれない」「負担ばかり重い」というフラストレーションが溜まっていきます。 今日からできること:3秒の「サポート前チェック」 誰かに励ましや同意の言葉をかけそうになったとき、まずは3秒だけ立ち止まってみてください。 「これは心からの応援だろうか、それとも義務感だろうか?」 「相手のためを思って言っているのか、自分が気まずくなりたくないだけか?」 もし「不本意なサポート」になりそうだと気づいたら、無理に大げさな同意をする必要はありません。「そうか、君はそう考えているんだね」と相手の事実だけを受け止める中立的なリスニングに切り替えるか、誠実に「少し心配な点もあるよ」と伝えることが、長い目で見ればお互いにとって最も健康的な関係を守る道になります。 出典: https://doi.org/10.1177/02654075261463317